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福岡高等裁判所 昭和48年(う)213号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

所論は、法令の適用誤りを主張するものであり、原判決は、被告人に対し昭和四八年二月五日午後一〇時二七分ころ北九州市小倉区日明西港阪九フエリー発着所付近道路において、無免許で普通乗用自動車を運転したこと、および右日時場所で、身体にアルコールを保有し、その影響で正常な運転ができないおそれのある状態で前記自動車を運転した旨の公訴事実と同一の罪となるべき事実を認定しながら、右無免許運転と酒酔い運転の所為が、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるとして刑法五四条一項前段を適用し、これらを一罪として処断しているが、両者の関係は、これらの各罪の侵害法益、侵害の意思、その態様などの法的評価を加えてこれを考察しなければならないものであり、無免許運転は、所定の免許を有していないという、いわば身分的性質をもつた行為であるばかりでなく、継続犯的性格を有するのに反し、酒酔い運転は、酒によつて正常な運転ができないおそれがあることを知りながら自動車を運転するという作為犯、即時犯的性格を有し、法的評価において両者は別個の行為とみるのが相当であり、たまたま同一機会に同一場所でなされたとしてもこれを刑法上「一個の行為」ということはできないから、本件は併合罪として処断すべきものである。しかるに、原判決は前記のとおりこれを観念的競合の場合に当るとして同法五四条一項前段を適用したのであるから、原判決は、同条並びに同法四五条前段の解釈適用を誤つた違法を冒したものというべきであり、それが判決に影響をおよぼすことは明白であるから、原判決を破棄の上さらに適正な裁判を求める、というのである。

そこで本件記録について調査すれば、原判決が被告人に対し、本件公訴事実と同一の無免許運転と酒酔い運転の事実を認定し、右無免許運転の罪と酒酔い運転の罪とを一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるとして刑法五四条一項前段、一〇条を適用し重い酒酔い運転の罪により処断していることは、所論指摘のとおりである。

そこで、無免許運転と酒酔い運転との罪数関係についてみるのに、両者はそれぞれ構成要件を異にし、前者は公安委員会の運転免許を有しない状態にある者が、自動車を運転することにより成立し、後者は酒気を帯び、かつ、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態にある者が自動車を運転することにより成立するのであるが、もともと、無免許の状態にあることや酒酔いの状態に在ることだけでは何ら罪となる訳ではないのであつて両者はいずれも車両の運転行為をなすことによつて成立するものであるから、両者が社会的、自然的にみて一個の行為とみられる運転行為によりなされたときは、両者は刑法上観念的競合の関係にあるものと解するのが相当である。そして、本件公訴事実の対象とされている被告人の無免許運転の運転行為と酒酔い運転の運転行為の両者は全く一致し、社会的にも自然的にも、正に一側の行為によつてなされているのであるから、刑法上一個の行為により数罪に触れる場合に当るといわなければならない。

所論は、酒酔い運転および無免許運転の両者が、同一機会に同一場所でなされたとしても、法的評価としては刑法上一個の行為によるものといえないというけれども、二個以上の犯罪構成要件を充足する場合には常に複数の犯罪行為があるという訳ではなく、同種の犯罪のみならず異種の犯罪についても、それが一個の行為によりなされる場合には観念的競合として処断すべきであることは、早くより判例とされていれているところであつて、本件においても、前記の如く運転行為それ自体を一個と認むべき以上、所論は直ちに採用できない。

また、所論引用の昭和四一年六月九日最高裁判所第二小法廷判決は所論指摘のように判示しているが、首肯するに足る格別の理由が述べられておらず、その判示には、にわかに賛同し難いものがあり、ほかに、原判決が本件の無免許運転および酒酔い運転の両者を刑法五四条一項前段の観念的競合として処断したことをもつて、違法と断定するに足る理由は見当らない。それ故、原判決には判決に影響をおよぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りは存しないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に従い本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の免除につき同法一八一条一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(足立勝義 松本敏男 吉田修)

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